7月3日
セキノサト
さあ、いよいよ千秋楽、結びの大一番、横綱セキノサトと横綱ホワイトデビル、まさに世紀の対決です。
場内おおいにわいていますが、すべて、セキノサトへの声援であります。
無理もありません。ここ何年もの間、横綱といえば全員アンドロイドでした。
アンドロイドしか横綱になれない、普通の人間には無理と、ずっと言われてきて、
実際、その通りでした。
そこに、普通の人間、ただの人間のセキノサトが、努力と根性で、横綱になったのです。
しかし、ここまでくるのは、実に大変でした。たちはだかる、超強力なアンドロイド力士たち。
一戦一戦、死闘の連続でした。それでも、皆様ご承知のように、見事連続優勝し、横綱になっての
初場所。ここまで全勝できたセキノサト。三場所連続優勝なるか。
相手はアンドロイド横綱の中でも最大最強、ホワイトデビル。
さあ、今の相撲人気のすべてを背負って立つセキノサト、今日も勝てるか、時間いっぱいです。
ことの始まりは、将棋だった。
突然、AI棋士王将太朗が正式に将棋の世界に入ってきて、連戦連勝、30連勝とかそんなものでなく、とにかく一切負けないのだ。
だから当然、名人でも竜王でもなんでも、タイトルはすべて王将太朗のもの。
そうなるとあまりに強すぎて、
それまでけっこう人気のあった将棋は人気がなくなり、誰も見向きもしなくなってしまった。
そこで、いろいろと特別なル-ルや規制を考えて、結局、人間とAIは別のリ-グ戦で、ということになり、
人間は人間だけで戦い、AIはAIだけで戦うということになった。しかし、あまりにAIがすごすぎて、
それに比べて人間はあまりにレベルが低く、将棋そのものの人気が落ちていった。
同じようなことが囲碁でもチェスでも、いろいろなゲ-ムで起こり、それぞれAIと人間は別々に戦うようになった。
スポ-ツでは、まずド-ピングが始まりだった。薬を飲んでいようとなんだろうと、人間には間違いないじゃないか、
ということで、ド-ピングのチェックが廃止されるようになった。次にパラリンピックで、義手や義足の技術が
どんどん進み、ものすごい記録が出るようになった。義手や義足だけでなく、内臓諸器官や脳まで、
いろいろ改造する選手も出てきて、人間だか機械だか区別があいまいになってきた。すると、
普通のオリンピックでも、わざわざあえて手術して、肉体改造し、ほとんど機械の塊のような選手も
出てきた。そういう、いわゆるアンドロイドをどう扱うか。規制するのか、受け入れるのか。
その頃既にスポ-ツ界でも、完全なロボット、AIたちはAIだけでリ-グをつくり戦っていた。
野球、バスケット、サッカ-、ラグビ-、卓球、ほとんどの種目でロボットたちだけの戦いがあり、
その迫力、スケ-ルの大きさ、レベルの高さから、大人気になっていた。
それに比べると、人間の戦いは、迫力もなく、レベルも低く、あまり人気がなかった。
オリンピックやワ-ルドカップも、人気が落ちていた。
そこにアンドロイドたちの出現は、まさにある意味救世主だったのだ。
人間でも、ここまで高いレペルで戦える。人気がそれなりに出てくる。
するとほとんど無制限にアンドロイドが進出し、プロ野球など、アンドロイドだけのチ-ムができてしまった。
ヨミウリトウキョウアンドロイドジャイアンツ。それはそれは強かった。ものすごかった。
とにかく負けないのだ。どうやったって勝ててしまう。ずっと勝ちっぱなし。
そうなると、つまらなくなってしまい、プロ野球人気が落ちてしまった。
そこで、規制を考えることとなる。
アンドロイド、その頃やっとアンドロイドの定義もできて、元の肉体の75%以上の改造がある者、は
1チ-ムに3人まで、ということで、現在にいたっている。
それでも、やはりアンドロイドはすごくて、投手部門でも野手部門でも、個人タイトルはすべて
両リ-グともアンドロイド選手である。
いろいろなスポ-ツで、それぞれ規制を考え工夫しながら、現在にいたっている、というところである。
そして、相撲では、最初のアンドロイド野獣山がすごかった。3mの怪物で、相手力士が
ことごとく骨折や負傷で、勝負にならなかった。
相撲の世界でもすぐに規制を考え、アンドロイドは1つの部屋に1人だけ、ということになった。
また、肉体的にも、慎重や体重など、細かい規制を考えた。
力士ロボットたちの迫力ある相撲が人気があるのは分かっていたし、普通の人間だけでは
限界があるのも分かっていた。しかし無制限にアンドロイドを入れると、人間の居場所が全く
なくなってしまう。その微妙なバランスを考えたのだ。見てくれは普通の人間、力士のようだが、
超筋肉の塊のアンドロイド力士たち。野獣山はいつの間にかプロレスに移っていたようだった。
とにかくそれでもアンドロイドは当然圧倒的に強く、横綱はすべてアンドロイドということで、
時代は流れていった。
そして、普通の人間、セキノサトの出現に、普通の人々は、おおいに盛り上がったわけである。
「さあ、いよいよ時間いっぱいであります。勝つか、セキノサト・・・」
「しかし、秘密はばれないでしょうかね」
「大丈夫だ、あと1年、世間を騙し通せれば、死ぬことになっている。死んでしまえば燃えて灰になって終わり。本当は
アンドロイドだったなんて、誰にも分かりゃしないさ」
「でも、ブンシュンとか、鋭い一部のマスコミオはそろそろ・・・」
「そこをがんばって騙し通すんだよ」
「はい、何とか・・・」
「これは大切なプロジェクトなんだよ。みんな、普通の人間の活躍を期待しているんだ。奇跡を期待しているんだよ
このロボットやアンドロイド全盛の時代に、生身の体で勝負する普通の人ががんばれば、
また、国全体が盛りあがる。四年後のオリンピック、成功させたいだろ」
「え、相撲はオリンピックに入ってないですよね」
「今は、まだ。しかしこのセキノサト計画が成功すれば、いずれ、入れる日もくるはずなんだ」
「そ、そんなウラがあったんですか」
「それだけじゃない。相撲でうまくいけば、野球、サッカ-、バスケ、卓球、いろいろなスポ-ツで、第二、第三の
セキノサトが出てくる。そもそも、厳密にえば、セキノサトの改造率は74%なのだから、堂々と、普通の人間なんだよ」
「そういういいわけ、みんなの前で言ってくださいよ。ここでこっそり言わないで」
「とにかく、頼むよ、これは極秘の国家プロジェクト、国の最高レベルの計画なんだ。セキノサトの体内には、致死率100%
の病原菌の爆弾が仕組まれている。その時になったら、せいぜい感動の分かれを演出してくれよ」
「はあ・・・」
セキノサトが入っているタカサゴダ部屋のカスガイノは力なく理事長の部屋から出ていった。
ヤジュウヤマ理事長は、ドアが閉まると、ある男に電話をかけた。
「うまく進んでいます。あの、例の件、よろしくお願いします」
「そんなこと、軽々しく言うもんじゃないよ。私の名前は出さなかったろうね」
「ええ、もちろんです。すべては、オリンピックが成功するため」
「バカ、オリンピックじゃなくて、ゴリンでしょ、ゴリン。そうすれば、いざという時、ゴリラというつもりだったって、言えるでしょ」
「ああ、そうです、ゴリン」
「じゃ、後は、頼むよ」
電話を切ると、ヤジュウヤマ理事長は、3mの巨体を折り曲げて小さな椅子に座り、電子タバコに幻の火をつけて、
見えない煙を吐き出した。そして、ぼそっとつぶやいた。
「あの男が、大のプロレスファンだったったなんてな。いや、完璧な覆面姿で興業中の選手控え室に入ってきた時は驚いたよな
でも、そのおかげで、今はこうして・・・。ま、これからどうなるか、楽しませてもらうかねぇ」
見えない煙を、目で追うのだった・・・。